※写真は過去の公演より 撮影:原貴彦
作品について

 『思い出を売る男』は、浅利慶太の慶応高校時代の恩師であり、演劇活動における精神的支柱であった故・加藤道夫氏が、第二次世界大戦終戦から6年後の1951年に発表した戯曲です。戦後まだ“焼け跡”だった街を舞台に、新たな価値観のもとで生きていこうとする人々の姿が瑞々しく描かれています。
 初演は1992年、劇団四季創立40周年公演として上演されました。演出の浅利のほか、照明は吉井澄雄、出演者にも日下武史、井関一、水島弘など創立メンバーたちが名前を連ねています。音楽は、高校時代に浅利や日下たちとともに加藤の薫陶を受けた林光が担当。心にしみる美しい旋律が作品世界に一層の深みを与えます。浅利は節目ごとにこの作品を上演してきました。
 「自分たちの手で新しい演劇運動を起こしなさい」と語った加藤によって、演劇の扉をくぐり、演劇への祈りや魂を受けた若者たちが劇団四季を旗揚げしました。浅利たちは加藤氏が逝去した後も常に恩師との対話を繰り返しながら歩み続けてきました。
 「加藤先生は僕らに、最初に劇の美しさを教えてくれた。演劇人としての生き方を教えてくれた。」「加藤先生は詩劇人と言っていいような、ロマンティックな方でした。この作品には先生の魂の美しさが輝いています。」浅利は生前このように語っていました。
 2019年「浅利慶太追悼公演」シリーズは、浅利にとって特別なこの作品でラストを飾ります。

加藤道夫について

 1918年福岡生まれ。
 慶応大学英文学部に進学後、同期生の芥川比呂志たちとともに新演劇研究会を結成、ジャン・ジロドゥと折口信夫に大きな影響を受けます。1944年には自身の青春の遺書とも言える『なよたけ』を脱稿。その直後に陸軍通訳官としてニューギニアに赴任します。
 『なよたけ』が雑誌「三田文学」に発表されたのは、敗戦のイメージが色濃く残る1946年。瑞々しい感性で描かれた作品世界は、文壇で大きな注目を集めます。
 その頃加藤は文学座に所属しながら、慶応高校の英語教師をしていました。当時の新劇界の現状に批判的だった彼のもとに、浅利慶太や日下武史たち学生が集いはじめます。彼らもまた演劇の新しい方向性を模索していたのです。夢見るような眼差しでフランス演劇を語る加藤の言葉に若者たちは耳を傾け、彼の導きで知ったジャン・ジロドゥの世界、西欧演劇の伝統と光輝、舞台における詩と幻想に心酔しました。
 加藤は学生たちに「自分たちの手で新しい演劇活動を起こしなさい」と語りかけます。その中には浅利や日下の他に水島弘など、後の劇団四季創立メンバーたちがいました。
 浅利たちが劇団四季を旗揚げしたのは1953年7月。ところが同じ年の終わり、メンバーは加藤道夫の急逝の報に接します。旗揚げ公演直前のことでした。
 恩師から演劇の未来と希望を託された形で船出した劇団は、その後、日本演劇界に新しい風を起こします。
 加藤が亡くなり65年。創立メンバーからバトンを受け継いだ次の世代にとっても、加藤道夫の存在は大きな指針となっています。

ものがたり

 「思い出を売ります。美しい音楽に蘇る幸福な夢」
物語は、敗戦後の、どこか不思議な雰囲気の漂う薄暗い裏街が舞台。
一人の男がオルゴールとサクソフォンを奏でながら“思い出”を売っている。
そこへ訪れるまだ思い出を持つことがない無邪気で幼い花売り娘、重く暗い影を引きずって生きる街の女、たくましくしたたかに俗世を生きる広告屋、故郷の恋人に想いを馳せるGIの青年、陽気な乞食、そして思い出をなくした黒マスクのジョオ。
 いずれも、戦争によって「過去」と「現在」を大きく隔てられた人たち。音楽によって思い出を呼び覚まされた人間たちは、そこに何を思うのか……。

公演について
公演スケジュールおよびチケットなどの詳細は順次発表いたします
どうぞお楽しみに